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映画 アーカイブ

気になる気になる その1

●映画

田舎の炭坑町に、愚かさと仇っぽさが交じりあったような女がいる。

彼女はさる名門の御曹司との問にひとりの娘をもうけるが、訳あって2人は別れることになる。

御曹司は都会に戻り、上流階級の生活に戻ると、以前の恋人と結婚する。

女の方は健気に母親を演じていたが、娘の将来を思ってあえて愛想尽かしをし、彼女を実の父親のもとへ送り出す。

娘は優しい継母に迎えられ、やがて名門の青年と結婚することになる。

雨の降りしきる結婚式の日、教会の外から実の母親は、娘の幸せそうな晴れ姿をじっと見つめている。

自分が名乗りをあげれば、すべてが台なしになってしまうと、心密かに思いながら・・・。


1925年にヘンリー・キングが撮った『ステラ・ダラス』という、アメリカ映画の粗筋です。

ハリウッドのメロドラマには「名もなき女の物語」というジャンルがあって、『椿姫』や『哀愁』といった作品がそれに当たります。

どこにでもいる貧しい女を主人公としたウィーピー、つまり日本語でいう「お涙ちょうだい」映画のことです。

20年代から40年代にかけて、ハリウッドはこの手の作品を大量に制作し、それを全世界に向けて配給しました。

紅涙を流したのはアメリカ人だけではありませんでした。

世界中の女性観客がヒロインの一挙一動に感動し、劇場の暗闇のなかで彼女たちの運命の悲惨をわがこととして受けとるのです。

気になる気になる その2

●映画

『ステラ・ダラス』が日本人に与えた影響は、そのなかでもとりわけ深かったそうです。

公開されたのが26年。

その数年後には早くも日活や帝キネで、このメロドラマに想を得た作品が制作されています。

娘の結婚式の夜に、人知れず家の外からそっと覗き見る母親をもって、これ全編の終わりとするというのは、どうやら30年代前半の日本映画の流行だったようです。

当時はトーキーが開始されたとはいえ、まだまだ活動弁士の全盛時代でした。

説明者たちはさぞかし修辞に磨きをかけて、この名場面を語ったことでしょう。

気になる気になる その3

●映画

多くの日本人は、まさかこの場面がアメリカ映画に由来していることなど、知るはずもありませんでした。

彼らは和製ステラ・ダラスの物語を、あたかも自分たちの人生が始まった以前から日本に存在していたものであるかのように受けとり、そこに義理と人情の板挟みという日本人の道徳的葛藤を投影してきたのです。

もっとも成瀬巳喜男だけは、さすがに単純な模倣では満足しなかったようです。

1932年に撮られた松竹映画『生さぬ仲』では設定を少々変え、実の母親は娘と別れたのちハリウッドに渡り、映要優として大成功をしたのち、娘を取り戻そうと帰国するという物語になっています。

そはハリウッドそのものが物語のなかで神話的な役割を担っているのが、面白いみたい。

気になる気になる その4

●映画

『ステラ・ダラス』の完壁なリメイクは、1937、東宝で山本薩夫が撮った『母の曲』です。

吉屋信子に原作を仰ぐこのフィルムでは、17歳の原節子が娘の役を演じ、英百合子演じる女子工員の母親のもとを離れて、入江たか子の継母のもとへ走ります。

このフィルムは、激しい雨の降る東京会館の前で、白無垢の嫁入り衣装に身を固めた原節子が車で去たのち、いつまでもそれを路上から眺めていた英百合子が、別の車の勢いについ倒されてしまうところで終わっています。

この『母の曲』のヒットが潜在的な引き金となって、戦後に三益愛子による「母もの」映画が撮られることになりました。

三条美紀書鳥みつ夜松島トモ子らを娘役に見立てて、三益はどこまでも情にもろく、無学で自己犠牲に長け毒親を演じ続けました。

『母』『母紅梅』『母三人』・・・も信じられないことですが、50年代の中頃まで続いたこの「母もの」シリーズ奏は、本数にしてなんと31本に達していたと言います。

まさに敗戦後の日本にあって、代表的メロドラマというにふさわしい分量です。

気になる気になる その5

●映画

歴史を辿ってみると、メロドラマはもともとがメロディーのあるドラマという意味で、18世紀にイタリアで生まれました。

それまで社会を支配していた貴族階級の世界観を悲劇が体現していたとするなら、それは新しく台頭してきたブルジョワジーの世界観を担うものとして、フラフンスに移植されるや、大きく発達しました。

メロドラマのなかでは悲劇と異なって、神や宿命といった超越的な存在が人間に対して力を振るうということがありません。

ふとした出会いや、たまたま読まれなかった手紙といったふうに、すべてがどこまでも世俗的に、偶然の連続によって進行していきます。

気になる気になる その6

●映画

19世紀は文字通り、メロドラマ全盛の時代であったといえます。

イタリアはオペラで、フランスは小説で、この演劇的モードの進展に寄与しました。

ドフトエフスキーも、ディッケンズも、ユゴーも、メロドラマの骨太な枠組みを借りることで、今日にまで読み継がれる小説作品を執筆しえたのでした。

しかし、このメロドラマがヨーロッパ世界を越えて、全世界的な規模で人間の感受性に強い影響力をもたらすようになったのは、19世紀の終わりに考案されたシネマトグラフが、アメリカで巨大な産業として発展を見せたときでした。

気になる気になる その7

●映画

次々と華麗なメロドラマを制作しては全世界に配給していくハリウッドは、文字通り「夢の工場」の名をほしいままにしました。

神を見失った世界において、スターたちは超自然的な存在として崇拝されることになったのです。

エジプトで、フィリピンで、そして日本で、ハリウッドを模倣したメロドラマが制作されることになりました。

もっともそれはもとより純粋な模倣ではありえず、かならずやその土地にあらかじめ存在していた大衆演劇の伝統を交えた、ハイブリッドなものとなりました。

気になる気になる その8

●映画

上海では京劇、韓国ではパンソリ、日本では歌舞伎と新派が、映画というこの新参者のメディアと結びつきました。

その結果、東アジアでは、メロドラマ映画は実に豊かで複雑な様相を示すことになりました。

前回例をあげた『ステラ・ダラス』に戻れば、ハリウッドに由来するこのメロドラマの一粒の種子が、たまたま日本という滋味に満ちた土壌に出会ったとき、原産地では考えられなかったほどの豊かな果実を実らせることになりました。

その背後に新派という演劇的伝統が横たわっていたことの意味は、かぎりなく大きいと思います。

気になる気になる その9

●映画

ロッパの相手役として喜劇を売り物としていた三益愛子が、腹を痛めた娘にも思うように会えない悲しい母親を演じるきっかけとなったのが、戦時中にマキノ雅裕の『婦系図』で芸者お芳を演じたことにあるという事実が、そのことを端的に物語っているように思われます。

2000年は溝口健二の生誕百年にあたる年した。

日本映画の底を流れるメロドラマの論理を見極めないかぎり、溝口の本当の謎は解けないのではないかと、最近になってますます痛感するようになってきています。

20世紀が映画の時代であるとはしばしばいわれることのようですが、同時にそれはメロドラマの世界化の時代でもあったのです。

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